「高市政権になったら、財政拡張で円安が進む」――この衆議院選挙前によく言われた、そんな予測を耳にした人は多いと思います。
ところが2026年の衆院選(2月8日投開票)後、
ドル円は一時160円近辺から切り返し、数日で円高方向へ振れました。
なぜ円安から円高へと変わったのでしょうか?
ここで一度、言葉の整理をしましょう。
円高とは「同じ1ドルを買うのに必要な円が減る」状態です。
海外旅行へ行くのは楽になり、輸入品の値上がり圧力は弱まりやすい。
一方で、輸出企業の採算には逆風になりやすい。このような状況です。
では、予測が外れたのか? それとも「別の力学」が勝ったのか?
結論から言うと、為替は“選挙の勝敗”よりも、“金利と期待の変化”のほうがずっと影響力が大きいからです。
投票箱のフタより、中央銀行の一言のほうが重いのです。
なんとも残念な話ですが、市場はだいたいそういう結果に動きます。
しかも為替は「ニュースに反応する」だけでなく、「ニュースの先読み(期待)」に反応します。
だから、選挙前に円安が進んでいたなら、選挙後は“材料出尽くし”で逆に戻る、ということも普通に起きるので、注意が必要です。
金利差が動いたため
まず大きいのは「金利差」です。
ものすごくざっくり言うと、金利が高い通貨は買われやすく、低い通貨は売られやすい。
ここ数年の円安は、日米の金利差が広がったことが“骨格”でした。
さらに言うと、「キャリートレード」という定番の取引が絡みます。
これもざっくり言えば、低金利の通貨(円など)で資金を調達して、高金利の通貨や資産に投資する動き。
金利差があるほど儲かりやすいので、円は売られやすくなります。
だから逆回転も同じ理屈で起きます。
2025年12月に日銀が政策金利を0.75%へ引き上げたこと、そして2026年に追加利上げの観測が浮上したことは、円の支えになります。
日銀は「経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、緩和度合いを調整していく」との姿勢を示しており、市場は“次の一手”を織り込みにいきます。
ここでポイントなのは、「実際に利上げしたか」よりも「利上げしそうか」。期待だけで相場は動きます。
一方、米国側も“ドルが永遠に強い”わけではありません。米国では利下げ観測が行ったり来たりしつつ、政策の先行き(人事や中央銀行の独立性を含む)への不確実性が意識され、ドルが全般に弱含む局面がありました。円高は「日本が強い」だけでなく、「ドルが弱い」でも起こります。為替は相対価格なので、片方がくしゃみをすると、もう片方も動く。地味ですが、ここを外すと相場観はすぐズレます。
政治イベントが終わったため
次に「政治イベントの不確実性が剥がれた」こと。
選挙前は、高市政権が掲げる減税や景気対策(たとえば食料品の消費税を軽くする案など)が“どの規模で、どう財源を付けるのか”が曖昧で、市場は警戒しやすい。
国の借金が大きい国ほど、財政の話は通貨に直結します。
だから選挙前は「ばらまき懸念→円売り」という連想が働きやすかったわけです。
ところが選挙後、与党が大勝して政策の通しが良くなると、
逆に「交渉のための上乗せや、場当たり的な修正が減るのでは」という見方も出てきます。
実際、選挙後の円高については、強い勝利が野党との駆け引きを減らし、財政規律が意識されるとの見方が広がった、と報じられています。
市場は“理想”より“確度”が好きです。政権の色がどうであれ、予算が読める・ブレが減ると、それ自体が材料になります。
加えて、国内金利(国債利回り)の上昇も絡みます。
財政懸念で債券が売られ金利が上がる局面は、株や債券にはやっかいでも、為替には「金利差縮小→円の買い戻し」という形で働くことがある。
ここがややこしいところで、「財政が心配=円安」と一直線に行かないのが為替の意地悪なところです。
ニュースを見て「不安材料が出たのに、なぜ円高?」となりやすいのは、この“回り道のメカニズム”があるからなんですね。
ポジションの巻き戻し
三つ目は「当局のけん制(介入警戒)とポジションの巻き戻し」です。
ドル円が160円近辺まで行くと当局が円安を問題視していることもあり、市場は“介入が来るかも”と身構えます。
さらに2026年1月には、日米当局のレートチェック(介入前段と受け止められやすい動き)が話題になり、短期筋が一気に円売りを縮小する局面がありました。
特に米側の動きが観測されると、「今回は本気かもしれない」と受け止められやすい。すると、円を売り続ける“期待値”が急に悪くなるんです。
為替は、材料そのものより「ポジションの偏り」が怖い。
みんなが同じ方向(円売り)に寄っていると、ちょっとしたきっかけで雪崩が起きます。
コンビニのレジに一人並ぶと、なぜか後ろが長蛇の列になる、あの現象に似ています(人間、同じ行動を取りがち)。
行列ができてから「とりあえず並ぶ」ように、相場でも「とりあえず同じ方向」が積み上がる。そして、反転するときは速い。
そして外部要因。
中国当局が銀行に米国債へのエクスポージャーを抑えるよう促した、という報道は、米国債安・ドル安の連想を呼び、ドル円にも影響しました。
日本の材料だけで説明しきれない動きが混ざると、「選挙で円安になるはず」みたいな単線の予測は簡単に崩れます。
為替は一国ドラマではなく、国際共同制作の長編シリーズ。脚本家が多すぎて、展開が読みにくいのも当然です。
まとめ
2026年の衆院選後に円高が進んだ背景は、
①日銀の利上げ継続観測などによる日米金利差の見直し、
②選挙結果で不確実性が剥がれ、財政規律を意識する見方が強まったこと、
③介入警戒やレートチェック報道で円売りポジションが巻き戻ったこと、
④ドルそのものが弱含む外部要因――この“合わせ技”が大きいと思います。
要するに、為替は「政治だけ」「景気だけ」「介入だけ」では説明しにくい。
複数の要因が同時に噛み合ったとき、相場は予測よりも速く、遠くへ動きます。
ここから得られる教訓はシンプルです。
予測が外れたときに「誰が悪い」と決めつけるより、「前提がどこで変わったか」を点検する。
為替は、国のムードより、金利・期待・ポジションに素直です。
つまり私たちがやるべきは、当て物よりも、シナリオを複数持つこと。
円安でも円高でも慌てない家計の防御力は、投資のリターン以上に“精神衛生”に効きます。変動の波はゼロにはできませんが、波に飲まれない姿勢は作れます。