投資を始めると、ほぼ確実に目にするのがローソク足チャート。
株のアプリを開いても、FXのサイトを見ても、あの赤と青の棒がズラッと並んでいる。
そんな光景、見たことがある方は多いんじゃないでしょうか。
デイトレをガチでやってる人はもちろん、あれを頼りに日々戦っているでしょう。
一方、「なんとなく上がったり下がったりを表しているやつ」くらいの認識で止まっている方も多いと思います。
今日はそのローソク足について、「そもそもどこから来たの?」「海外でも使われているの?」という素朴な疑問を起点に、少し掘り下げてみたいと思います。
ローソク足が生まれた場所
ローソク足はなんと、日本発祥のチャート手法です。
その起源は江戸時代の大阪・堂島の米市場で、米の売買に使われていたテクニカル分析として生まれたとされています。
実は日本生まれだった、というのも驚きですね!
発明者として名前がよく挙がるのが、本間宗久(ほんまむねひさ)という米商人です。
ただ、ここが少しおもしろいところで、「本間宗久が発明した」というのは実はちょっと怪しい話でもあります。
ローソク足を欧米に広めた人物として知られるスティーブ・ニソンというアメリカ人の投資家がいます。
彼は1991年の著書で本間宗久の存在を欧米に紹介しましたが、その後1994年の別の著書で「私の調査では、本間がローソク足チャートを使っていた可能性は低い。ローソク足チャートが日本で開発されたのは明治初期(1800年代後半)の可能性が高い」と述べています。
つまり、「江戸時代の天才商人が発明した」というロマンある話は、今のところ証拠が見つかっていない可能性が高い、ということです。
ただ、ローソク足の前身とされる「いかり足」は享保年間(1716年〜)に使われ始めたと伝えられており、また江戸時代の堂島の米相場では「止め足(折れ線グラフ)」「棒足(高値・安値の二本値棒グラフ)」「錨足(始値・終値の二本値棒グラフ)」が使われており、これらを一つにまとめたものがローソク足の原型という見方があります。
発明者は誰かは分からないけれど、少なくとも日本で江戸時代に生まれた独自のチャート手法であること、これだけは間違いのない事実だと思っています。
ローソク足が世界に広まった経緯
日本で生まれたローソク足が、世界標準になったのはなぜでしょうか。
それはひとえに、情報量の多さにあるのだと思っています。
ローソク足が海外に伝わる前、欧米で主流だったのはラインチャートでした。
要は折れ線グラフの事です。
ラインチャートでは、前日よりも高いか安いかしかわからない。
ところがローソク足は始値・高値・安値・終値という4つの情報を1本の棒に詰め込んでいるため、初めてローソク足を見た外国人投資家は、日本で作られたチャートはすごいと驚いたことでしょう。
この「1本から読める情報量の差」は、確かに大きい。
たとえば、あなたが会議の議事録を作るとしましょう。
会議の結論だけ書いたメモと、「何時から始まって、一番盛り上がった話題は何で、途中でどんな意見が出て、最終的にどうまとまったか」まで書いたメモ。
どちらが後から役立つかは明白ですよね。
ローソク足というのは、相場の1日(または1時間、1週間など)の動きを後者のスタイルで記録しているものだ、というイメージです。
スティーブ・ニソンがいなければ、ローソク足チャートは埋もれたままの秘密であったかもしれない (Babypips) とも言われるほど、彼の著書が欧米への普及に果たした役割は大きかったようです。
それ以降、「キャンドルスティック」という名前とともに、世界中のトレーダーや投資家に使われるようになりました。
日本と海外で色が逆になっている
ローソク足に関して、もうひとつ興味深い違いがあります。それは、日本と海外で色の意味が逆だという点です。
日本では上昇を赤(陽線)、下落を黒や青(陰線)で表すことが多い。一方、海外では上昇を青や緑、下落を赤で表すことが一般的です。
なんで日本は上昇が赤なんだろう、と思いますよね。
もともとローソク足は日本で生まれ、最初は「陽線=赤」「陰線=黒」だったそうです。
「陽」は価格上昇と日の出をかけていたので、太陽の赤だったのでしょう。 (Nao-laboratory) なるほど、と思える話です。
一方で海外では、赤はビジネスの世界で「赤字」を意味します。
だから下落を赤で表すほうがしっくりくる。
こうした文化的背景の違いが、そのまま色の使い方に反映されているわけです。
投資初心者の方が外国のサービスやアプリを使うときに「あれ、色が逆だ…」と混乱するのは、こういった経緯があるからなんですね。
ちょっと知っておくだけで、焦らずに済む話かもしれません。
まとめ
ローソク足は日本生まれ、世界育ちのチャート手法です。
発明者については諸説あり、江戸時代の米商人が考案したという説は現在では疑問視されていますただ、明治時代の日本で生まれた独自の手法であることは間違いなく、1990年代以降にアメリカを経由して世界中に広まっていきました。
今使っているチャートが実は日本生まれだった、そして世界中の人が使っているということ。
知っておくだけで、少し愛着がわきませんか?